【強迫性障害】潔癖症は自分自身が一番辛かったという話。

【強迫性障害】潔癖症は自分自身が一番辛かったという話。

プロフィールにあるように、

Moonyとは。

筆者は中学2年生のときに潔癖症を発症しました。

 

具体的にどのような症状があったかというと、

・手を繰り返し何度も石鹸で洗う

・吊り革などの大勢が触れるものに触れない

・回し飲み、回し食べができない

・風呂は最初じゃないと入れない

・頻繁にアルコール除菌をする

他にも細かいことが色々とありました。

完全なる潔癖症です。

 

高校2年生の頃には治ったのですが(いまでも多少名残はあるが)、

それまでの3年間は本当に地獄のような日々でした。

 

潔癖症は自分自身が一番辛かった

 

潔癖症だったとき、周りの人にとても気を使わせたと思います。

特に、家族先生には大変迷惑をかけました。

また、周りの人からすると、

筆者が細かく言うことは、ただわがままを言っているようにも聞こえたでしょう。

 

しかし、一番辛かったのは潔癖症である自分自身でした。

なぜなら、毎日毎日いつも強迫観念と闘っていたからです。

しかも、それは終わりのない闘いなのです。

 

例えば、手を繰り返し何度も石鹸で洗う行為についてです。

当たり前ですが、手は1回石鹸で洗えば十分でしょう。

それは頭では理解しているのです。

しかし、1回洗ってもまだ汚れが付いているような気がするのです。

そして、また洗います。

蛇口や石鹸のポンプを触ることで、また汚れたような気がして洗います。

水ハネが付いたような気がして、また洗います。

ドアノブがヌルっとしたので、また洗います。

このようなことが延々と続くのです。

そのため、手を洗う行為だけでいつも疲れ切っていました。

また、そのせいでいつも手があかぎれだらけでした。

 

別の例では、

筆者は、人が触ったものを食べることができませんでした。

その症状は、とりわけ、ストレスの原因となっている人に対して発症しました。

筆者の高校は弁当制で、弁当は父が作ってくれていたのですが、

当時、ストレスを最も感じていた人が「父」でした。

そのため、いつも弁当を完食することができませんでした。

「まったく食べない」ということはさすがに死んでしまうのでできなかったのですが、

父が触れたかもしれない弁当箱の枠周辺は食べなかったり、

箸やスプーンは使う前に必ず洗っていました。

満足に食べることができないので、部活中に空腹に襲われたり、

不自然に弁当を残しているので、友人から怪訝そうに見られたり、

せっかく弁当を作ってくれた父に対して強い罪悪感を感じたりと、

弁当だけで、あらゆることに苛まれていました。

 

このように、潔癖症になるとネガティブな思考が延々と繰り返されます。

 

しかし、頭ではそう考える必要はないとも理解しています。

その「思考」と「理解」のギャップにやりきれないもどかしさを感じ、

それが大きなストレスとなります。

また、

「周りに迷惑をかけている」

「友人に変な目で見られている」

といった感覚に襲われ、それも多大なストレスとなります。

そして、そのストレスによって、ネガティブな思考や感覚がさらに加速されるのです。

完璧なる無限の負のループです。

 

まとめ

 

潔癖症だった数年間は、まさに地獄のような日々でした。

いま思い返してみると、本当に異常だったと思います。

おそらく、当時の自分も異常だと分かっていたんでしょうけど、

ネガティブな思考を止めることができなかったんだと思います。

 

潔癖症が治ると、生活は驚くほど快適になりました。

なぜ治ったのかは分かりませんが、

高校2年生あたりから、どんどん症状が緩和されていきました。

きっと精神的な大きなストレスが解消されたんでしょう。

 

筆者と同じような経験をしたことがある人は少なからずいると思います。

潔癖症になった人は、おそらく本人が一番辛いのです。

周りの人はそれを理解してあげて欲しいのと、

本人自身は症状を緩和できるよう頑張ってみましょう。

   

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