【仕事】「動機づけ」は自分の中に持つべき。

【仕事】「動機づけ」は自分の中に持つべき。

先日、筆者の友人がこのようなことを言った。

Talk-2
友人

前まで職場にすごくキツい先輩がいて、
色々と細かいことをネチネチと言われてたんだけど、
その人を見返してやろうと思ってずっと頑張ってた。

 

これを聞いた瞬間、

Talk-1
Moony

なんかしっくりこないんだよなぁ………。

 

という違和感に襲われた。

そのときは、なぜそのような違和感を感じたのか分からなかったが、

後日、その理由が判明した。

それは、

「動機づけが他者に依存している」

ということだった。

 

「動機づけが他者に依存している」とは?

 

どういうことか説明する。

人が何か行動を起こすとき、

その根底には何かしらの欲求があり、その欲求によって行動が引き起こされる。

例えば、人がご飯を食べようとするのは、

基本的に空腹によって何か食べたいという欲求が生じるからである。

欲求には色々な種類があるのだが、

今回の友人の場合、それが「他者」にあるのだ。

つまり、

「仕事へのモチベーションが他の人にある」

ということである。

 

「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」

 

これは、一般に「外発的動機づけ」と言われる。

「(自身の)外のものに動機づけされる」ということだ。

外発的動機づけは、まったく悪いことではない。

友人の動機づけが悪いということも一切ない。

それこそ、我々が「仕事」をするのは、

「報酬」という外発的動機づけによる部分が非常に大きい。

外発的動機づけは日常に溢れている。

 

「外発的動機づけ」のもう一方は「内発的動機づけ」と言われるもので、

「(自身の)中のものに動機づけされる」ということだ。

 

違和感の正体

 

しかし、筆者は友人の発言に違和感を感じた。

なぜかと考えたとき、それは「仕事に対する価値観の違い」だと分かった。

筆者は「仕事」を選ぶとき、

「やってみたい・興味のあること」「役に立つスキルが身に付けられること」

などの内発的動機づけの側面をポイントにする。

でないとモチベーションが続かないし、将来的に意味が薄い。

現在、筆者は寿司屋で働いているのだが、「寿司」はずっとやりたかったことだった。

なので、モチベーションを維持して楽しく働くことができている。

もちろん、

「給料は一切ありません」と言われたら絶対にやらないので外発的動機づけも含まれているのだが、

おそらくは「寿司を学びたい」という内発的動機づけが大きい割合を占めているように思う。

 

一方で、「他者」や「報酬」などの外発的動機づけのみによって働く場合、

モチベーションがそれらの要因に依存しているために、

それらの要因の変化によってモチベーションまで変化してしまう。

「他者」がいなくなると、何のために働いているのか分からなくなってしまったり、

「報酬」が減ると、やる気がなくなってしまったり。

Talk-1
Moony

「外発的動機づけ」しか持つことのできない仕事は虚しいよなぁ。

 

「外発的動機づけ」のデメリット

 

つまり、

「内発的動機づけ」は「対自己」において成り立っているため、自分が存在する限り持続する。

一方で、

「外発的動機づけ」は「対人・対物」において成り立っているため、

その存在がなくなってしまったとき、共になくなってしまいやすく、非常に脆い。

 

まとめ

 

これまで述べてきたように、

「外発的動機づけ」は悪いことではないが、

外発的動機づけしか持つことができないような仕事は、

やりがいのない無味乾燥したものだと思うのである。

 

後日、この記事に書いたようなことをさらっと友人に言ったら、

Talk-2
友人

いまは、接客スキルを上げて、
もっとお客さんに満足してもらえるようになることを
モチベーションに頑張ってる!

 

と、内発的動機づけを持つことができていた。

真意は定かではないが。

 

仕事において、

「他者」や「報酬」などの外発的動機づけは必要だが、

より有意義なものにしたいのであれば、

「動機づけ」を自分の中に持つことが非常に大切だ。

もし、いまの仕事に「外発的動機づけ」しかないのであれば、

どうあるべきか一度ゆっくり考え直してみてはいかがだろう。

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